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更新日:2024年2月15日

御谷騒動をきっかけに古都保存法が制定

出来事が起きた背景

 東京の通勤圏である鎌倉市では、昭和35年頃より「昭和の鎌倉攻め」といわれる宅地造成ブームが始まり、鶴岡八幡宮の裏山・御谷にも迫りました。 八幡宮の西の谷「御谷(おやつ)」は、八幡宮供僧二十五坊があった遺跡(史跡内)で、鎌倉の歴史上、風致上とても重要な場所でした。この開発を懸念した一般市民、学者、僧侶などが中心となり反対運動を展開し、わずか一週間で2万を超える署名が集まり、募金運動へと広がっていきました。そして昭和39年、神奈川県を交えた約1年間にわたる話し合いの末、事業者が開発を断念、同年に設立された日本最初のナショナルトラスト団体である(財)鎌倉風致保存会による残地買収をもってこの騒動(反対運動)は終結しました。

 その後、「御谷騒動」と呼ばれるこの一連の運動を通じて結成された「古都保存連絡協議会」(古都3市(京都、奈良、鎌倉)で構成)が、歴史的風土の保存を目的とする立法措置を講じるよう国に要望しました。その結果、昭和41年に「古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法(古都保存法)」が制定され、市では県と協力し、今日まで古都保存法の適正な運用を行っています。

 また、古都保存法の主旨や取組を多くの方に知って頂くため、平成元年に鎌倉古都展を、平成28年には「古都保存法施行50周年記念シンポジウム」を開催し、多くの方々が参加をしています。

 

昭和39年の御谷

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現在の御谷

genzai

 

 

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お問い合わせ

所属課室:共生共創部企画課企画担当

鎌倉市御成町18-10 本庁舎2階

電話番号:0467-23-3000

メール:keiki@city.kamakura.kanagawa.jp

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